2016年7月3日 「自分の救いの達成を」

 聖書箇所:ピリピ2:12-13

12:そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけではなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。

 

今日の箇所でパウロは、「自分の救いの達成に努めなさい。」と言っています。

 

皆さんは、この言葉を聞いてどう思いますか?

 

自分の救いの達成に努めなさい。と聞くと、確かに救われているけど、まだ半分救われていないのかな。と思えたりするかもしれません。

 

ここで理解しておくべきことがあります。

 

イエス・キリストの福音による救いには、3つの段階があります。

 

①救われた時

 

今まで神を知らないで生きてきた私たちが、神の恵みによって、神のもとに帰ることができた時です。救いは、私たちの努力ではなく、完全に神様の恵みで、私たちは主がしてくださったことを信じて救われ、罪赦され、永遠のいのちをいただきました。

 

 

 

②救われた後の信仰生活

 

主と共に、この地上を歩む生活があります。

 

 

 

③神の国に入って救いが完成する日

 

 復活された主の栄光の姿にまで変えられる時です。

 

 

 

つまり「自分の救いの達成に努める」というのは、①で終わりではなく、②③と続く、主の目的を果たすということです。そして、それは自動的になるというよりは、私たちが御心と計画をしり、意識的に選び取り生きる必要があります。

 

 

 

かつて、神様を知らずに生きてきた時は、

 

自分の夢や願望を成し遂げるために生きていたか、反対に何のために生きているのか、わからないで苦しんでいた私たちですが、神様を知った後は、神のご計画を知らされ、神様の願いを達成する。それが目標になったのです。

 

 

イエス・キリストが死にまで従い、十字架に至るまで、父なる神に従われたように、わたしたちも、キリストに従う謙遜さが必要です。私たちが神に従順であるために必要なことがあります。

 

 

「つぶやかない」

 

14)すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。

 

 

 

旧約時代、神様は、エジプトで奴隷とされていたイスラエルの民を、その苦役の中から救い出してくださいました。モーセを遣わして、約束の地カナンに向かっていましたが、その途中で苦難が起こった時、民たちは、つびやきました。

 

こんなはずではなかった。エジプトにいた時の方がよかった。とつぶやいたのです。

 

 

 彼らは、神様が自分たちに与えてくださった恵みを忘れてしまったのです。

 

エジプトから出るときに、紅海が真っ二つになって、そこを渡る奇跡を体験していました。どれだけ神様は自分たちを愛し、偉大な神であるかを知らされました

 

しかし、彼らの気持ちは移ろい、かつての生活の方がよかった。と文句を言ったのです。

 

つぶやきとは、何でしょうか。これは、私たちに対するものではなく、主に対するものです。

 

 

あらゆることを支配しておられる神に対して、不平を言っているのです。そして、言葉を変える時、それは神に信頼していない。ということでもあります。

 

神を信じるということは、神はどんなときも、変わらない不変なお方、恵みと憐みに富み、私たちに良いことを計画していることを信じるということです。たとえ、今の状況が悪く見えたとしても、神様はご自分の知恵の中で導き、私に対して、悪いことは決してなさらない。神様は、無限の知恵、主の計画を全部知ることができない自分を覚え、主を信頼するのです。

 

自分の救いの達成に努めるために、人生のどんな季節の中においても、すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行うことができますように。すべてのことが、私たちをキリストに似た者へと造りかえられるために、益として用いられることを感謝いたします。

 

 

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