2016年5月15日 ペンテコステ礼拝

聖書箇所 Ⅱテモテ1:6-8 

タイトル『力と愛と慎みの霊』

 

 それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。

 神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。Ⅱテモテ1:6-7

 

今日はペンテコステ礼拝です。イエス様が復活された後、弟子たちに言いました。

 「エルサレムを離れないで、私から聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」

 

 そして五旬節の日に、みな一つところに集まっている時に、激しく聖霊が臨まれて、御霊が話させてくださる言葉を話しだし、弟子たちが強めれ、福音が世界に広まっていきました。ペンテコステはそのことを覚えて、主を礼拝する日です。これは過去の話ではなく、昨日も、今日も、明日も変わらない神様ですから、今を生きる私たちにも同じ聖霊を与えてくださいます。今日はテモテへの手紙から聖霊について、みことばを聞いていきましょう。

 

エペソの教会を牧会していた若き伝道者テモテは、この時とても困難に直面していました。伝道することに、牧会することに対してもうだめだ。自分は適任ではない。その力量がない。と思い、ひどく落ち込んでいました。

 

6節)それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。

 パウロは、あなたは、もっていないのではなく、すでに素晴らしいものを神様から与えられているのだ。

 信仰を全うし、伝道の使命を果たすために、按手によって与えられた恵みを、燃え上らせるように勧めています。

 すでに持っているもの。神の賜物とは何でしょうか。それが、聖霊です。そして、聖霊は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。

   

 復活した主イエスは、こう言われました。使徒1:8 

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

 

 どんな力でしょうか?この力は、重い物を持ち上げる力ではなく、神の証人になる力。キリストを信じる者に働く力です。

 

聖霊様は、キリストの証人となる力を与えてくださるのです。証人とは、事実、または証拠を立てる人のことです。自分の経験したこと、目撃したことを証言することです。

 

 皆さんは、学校や会社、家族、親戚などに、自分はクリスチャンです。と証できていますか。春は、新しい人との出会いが多い時期です。その最初の時に、自分はクリスチャンです。日曜日に教会に行き、主に従っています。と証していますか?

 

なかなか、言う勇気がない。という方、聖霊様を求めてください。主は、証する力を与えてくださいます。

 

2.聖霊は、愛の霊です。 

 ここで言われている愛は、生来備わっているものではなく、聖霊を受けた時に、上から与えられる、御霊の実である愛のことです。

 

神様の愛は、愛されるのに値しない者を愛する愛のことで、人間の愛とは区別されます。

 

 その神の愛は、キリストによって私たちに与えられました。

 「神は、その一人子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」

 

 この神様の愛は、私たちがキリストを信じる信仰によって受け取ります。そして、信じるものに、それを実行するのが可能になる特別な愛となって、聖霊様が助けてくださるのです。

 神の愛は、自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈る愛です。自分のうちには、この愛がないことを皆さん自身がご存知でしょう。しかし、主がその愛をもって、まず私たちを愛してくださいました。神に敵対し、神をのろい、神に反発していた私たちを愛し、忍耐し、その者のために自分のいのちを捨ててまで私たちを愛してくださったのです。

 

自分をそのように愛してくださったことを知った者として、自分に敵対するもの、悪く思う者があらわれた時に、敵のために祈りなさい。と聖霊がみことばを思い出させ、祈りへと導いて下さるのです。

聖霊は、私たちに神の愛を教えてくださいます。

 

 3.聖霊は慎みの霊

  つつしみ;遠慮深い人というイメージがあると思います。しかし、これは、健全である、自制心がある、節制ができる。セルフコントロールができるという意味です。どんな困難や、試練がやってきても、心のバランスを崩さない。主を信頼し続けることができる霊です。

   揺るがない、どんな時にも主を信頼し続ける信仰は、一夜漬けではできません。ローマは一日にして成らず。のように、信仰の成長も一日にして成らずです。

 どのような状況下にあっても、自分の感情や思いをコントロールしていく健全さ。これが聖霊のご性質です。

 

落ち込んでいるテモテに対して励ましているパウロは、この神の賜物である聖霊について語りました。

 

 私たちにも、聖霊様が必要です。神を証する際に、おくびょうになることはないでしょうか。神を愛しているといいながら、人を愛せないことはないでしょうか。主が導いてくださる人生の中で、時に荒野や、暗闇や死の陰の谷を歩むことがあっても、羊飼いである主に信頼し続けることができているでしょうか。今日はペンテコステ礼拝です。

 

 弟子たちが一同で祈っていると、聖霊が臨み、弟子たちは力と愛と慎みの霊である聖霊に満たされ、福音が広まり、教会が建て上げられていったのです。私たちも主の御前にすすみで、祈ろうではありませんか。